薔薇 The Revival of my life with ZZR1400 2014年03月

The Revival train: 廃棄となった電車を復活させ、現在に蘇った電車。情熱, 思いなどをバイクライフを通じて綴っていきます。

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『看取る』ということ

2014 - 03/18 [Tue] - 20:50

オーバーな題目ですが、ペット主体の話で人生論を語る訳ではありません。



ぎんが去ってまだ2日しか経っていませんが、ぎんが自分たちの中でとても大きな存在であったのを嫌というほど感じています。

カミさんは日曜に片付けた、ぎんに使っていた物をまた引っ張り出して部屋に置いています。
親はちょっとでも時間が空くとぎんの墓の前で手を合わせているそうです。

さて、ぎんが本当にヤバくなって覚悟を決めた頃は絶対に看取ってやると思い、ちゃんと看取ることが出来たのですが、知人達の同様なケースを聞いて、看取ることがペットにとって必ずしもいいことではないということを知りました。

ぎんは甘え下手なくせに甘えん坊な気質がありました。
1日に1回は私の膝に載らないと気が済まず、私が出張等で居ない時は、私を探して鳴き続けたそうです。
チャタローが来てからはチャタローと一緒に寝ることが多くなりましたが、チャタローが来る以前は毎晩私の布団の中で一緒に寝ていました。
一人ぼっちが嫌で常に誰かがそばにいて欲しい、という猫でした。

14日の夜帰った時、私の「ただいま~」という声を聞いた途端鳴きはじめ、速攻で着替えて膝に載せてやると安堵の表情を浮かべました。
トイレ等でちょっとでも膝から離れると鳴くため、カミさんと交代で膝に載せてやりました。

15日も同様で、丸一日私かカミさんのどちらかの膝の上で寝ていました。
15日はぎんの様子がおかしくなっていくのがありありと分かり、とても辛かったです。
徐々に目の焦点が合わなくなり、耳も聞こえなくなっている様子でした。

ぎんにとって唯一の安らぎは、膝のぬくもりだけだったのでしょう。

そんな甘えん坊のぎんだからこそ、最後まで一緒にいてやれて本当に良かったと思います。
『看取る』方にとってはとても辛いことでしたが。
422593.jpg


しかしある知人の話によると、彼の場合は犬でしたが、ちょっとコンビニに買い物に行っている隙(10分程度)に逝ってしまったそうです。
外飼いでほとんど一匹の状態だった犬で、その日は元気がないな、ちょっとおかしいな、と思ってずっとそばにいたけど、犬の方からはそんなに甘えて来ず犬小屋で寝ていて、時々彼の方をチラっと見ていたそうです。

そして親から買い物を頼まれコンビニに行っている隙に…
だったそうです。

別の知人は、私と同じく猫を飼っていましたが、完全室内猫でドライな性格だったそうです。
老衰で大往生間近となった時、彼らは夫婦でずっと付き添っていたのに、彼がトイレが我慢できず小用を足しに行き、奥さんが宅急便の受取りをしていた時、そのわずか1分程度そばに居てやれなかった隙に逝ってしまい、今でも悔やんでいます。

他からも数名、同様の話を聞いています。
猫を外飼いしていた人は、どの猫もヤバい状態になったら二度と帰って来なかったと言っていました。

彼らの状況から察するに、彼らの場合、ペット側の立場からしたら『看取られる』というのは迷惑な行為なのではないでしょうか。

甘えるにしてもぎんと違って飼い主と一線を引くタイプのペットは、きっと最後は一人でひっそりと迎えたいのかもしれません。
最後まで一緒にいることが、ペットにとって必ずしも幸せだとは限らないのかもしれません。
422605.jpg

最後を迎えるにあたっては、ペットの気持ちを優先して飼い主のエゴを押し付けない様にしたいものです。

…たぶんチャタローは姿を消すんだろうな~

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ぎんのその後 ラスト

2014 - 03/16 [Sun] - 10:48

2014.3.16 AM8:58

ぎんは静かに旅立って行きました。

2時ごろから時々突発的な痙攣が起こり、
目を合わせても誰だか認識できていない様子でした。

8:50頃に激しい痙攣が起きた後、
意識がはっきりしたような目つきになって
手を握ってくれと私の手のひらに腕を伸ばし、
手を握ったらそっと目を閉じて、
途端に激しい痙攣を起こしてしばらく抱きしめていたら、
痙攣が止み、穏やかな顔つきとなり、
そのまま心臓も止まりました。

すごく穏やかな死に顔をしています。
今にも起きてきそうです。
そして遠慮がちな鳴き声を上げて、
餌をくれとねだってきそうです。

ぎんに使っていたものを片付けると、
我が家がだいぶ広くなった気がします。

休みの日のこんな時間に息を引き取るなんて、
最後の最後まで遠慮がちで迷惑をかけない、
素直なぎんでした。

保護当時のぎん
ぎん 保護当時

ぎんのその後…

2014 - 03/15 [Sat] - 13:44

2009.10.25に突然自宅の駐車場に現れた迷子猫(捨て猫)のぎんは、
保護当時1歳だったとして、今年の3月で5.5歳。
人間の年齢に換算してだいたい38歳です。
働き盛りでパワーもあり、まだまだこれから、という感じです。

あれから何とか回復してくれることを望んでいましたが、
心臓肥大から肺水にかかり、猫エイズの猛威は思いのほか強力で、
腎臓病まで併発し、口内炎でエサも受けつけなくなり、
これ以上手の施しようがなくなりました。

どうにかしても助けたかったのと、
苦しみながら逝くというのは避けたかったので、
薬を混ぜた餌を毎日無理やり与えていました。
今は餌も水も吐き出すだけです。

見た目は元気そうに見え、ただ静かに眠っているようです。
しかしもう、自ら立ち上がることはできません。

ぎんはうちに来て本当に幸せだったのだろうか?
自責の念に苛まれています。

可能な限り生き続けさせるのは『人間のエゴ』でしょうか?

ぎんは状態が悪くなっても私たちを見つめる目は輝いていて、
もっと生きたいと言っている様にしか見えなかったのです。

自分たちがいる時は自分たちで世話をして、
いない時は両親に看てもらっていました。

毎朝通勤前にぎんに行ってきますの挨拶をしていましたが、
毎朝最後の別れをしている気分でした。

チャタローはぎんの状態が酷くなってから、
ぎんには近づかず遠巻きに心配していました。

ぎんの身体を蒸しタオルで拭いている時、
餌,水をシリンジで与えている時、
トイレの世話をしている時…
いつもその様子を見つめていました。

夜はぎんを私の布団の中で寝かせていましたが、
昨夜ふと目覚めると、布団の上でぎんとチャタローが
くっついて寝ていました。

もしかしたら最後のお別れをしていたのかもしれません。
こういう時は猫たちの方がしっかりしていますね。

私は、今にも顔の中心と胸が爆発しそうでどうにもダメです。

ブログで心情を吐けば少しは気が晴れるかと思いましたが、
ぎんの元気だった頃の姿ばかり思い出すだけです。


両親と病院の先生にとても感謝しています。
チャタローにもとても感謝しています。

そしてぎんにはありがとうとごめんなさいの気持ちで一杯です。

ぎんはとてもいい子です。
素直で甘え下手な子です。
遠慮がちで悪戯を一切しない子です。

ぎんは何も悪くない。

頼むから連れて行かないで欲しい。

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プロフィール

たか坊

Author:たか坊
誕生月:1月,みずがめ座
性  別:男
住  所:広  島
職  業:会社員
趣  味:バイク,グルメ,旅行

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